日本のソフトウェアビジネスは、受託開発がほとんどを占めています。受託開発を生業とする会社は「ITベンダ」と呼ばれます。その中で、働くITエンジニアは、労働者として熾烈な労働環境で働いていることは、あまり知られていないでしょう。
メディアで取り上げられる成功したIT起業家は、受託開発とは違う「ソフトウェアサービス」というビジネスを”当てた”人達のことであり、ほんの一握りの人達です。彼らは、一般的なITエンジニアとは違う別世界に住む人達なのです。
一般的なITエンジニアは、会社から与えられた開発案件を、決められた予算で、決められた日程でこなすことを約束させられる運命を背負っています。したがって、ITエンジニアの自由度は極めて限定されています。何よりも優先されるのは、時間とコストが決められた中で、効率的に作業をこなすことです。
ここでは、このような受託業務に従事するITエンジニアを「ソフトウェア労働者」と呼びます。
■ ソフトウェア労働者の悲劇
ソフトウェア労働者には、仕事の選択権はありません。ただただ、与えられる開発案件を黙ってこなすしかありません。
ソフトウェア労働者に与えられる開発案件は、期間と費用が決まっていますが、肝心の何を作るのかが決まっていない、つまり仕様が決まっていないことがほとんどです。開発案件のプロジェクトが始まってから初めて仕様が決まっていきます。
仕様を決めでは、顧客の要望を細かく聞いていくことになります。その結果、受注段階では想定できない要望が多発します。それは、要望を聞いている以上、当然、そうなりますよね。
悲劇は、このような状況でも、ほとんどの場合、すでに決まっている期間と費用を変えられない点にあります。そのしわ寄せは、根拠のないソフトウェア労働者の労働生産性の向上という押し付けによって吸収されていきます。。
こうして、ITエンジニアは、否応がなしに過酷な労働に没入していくことになります。
与えらる開発案件は、途絶えることはありません。なぜなら、開発案件が途絶えると、ITベンダが倒産することに直結し、ソフトウェア労働者にとっても死を意味します。悲しいことに、ソフトウェア労働者は、延々と開発案件をこなすことが宿命であり、休むことは悪と見なされます。
■ ソフトウェアの価値と価格
ソフトウェアの価値は、機能が優れているなどの理由で決まるわけではありません。それは、「人月(にんげつ)」によって決まります。「人月」とは、人が働く月数のことです。たとえば、一人が12か月働けば、12人月となります。
ソフトウェアを開発するのに、一人のソフトウェア労働者が12か月働く必要があれば、そのソフトウェアの価値は「12人月」となります。
そして、ソフトウェアの価格は、ソフトウェアの価値に「人月単価」をかけたものになります。「人月単価」とは、1人月あたり価格です。たとえば、単価が100万円であれば、ソフトウェアの価値が「12人月」の価格は、
「12人月×100万円=1200万円」
となります。
人月単価は、ITベンダによって異なります。日本であれば、最低70万円~最大130万円の間となります。
人月単価は、ITベンダが独断で決めており、必ずしもソフトウェア労働者の能力やスキルを反映したものでないのです。
■ ソフトウェア労働者の賃金は定額制
ITベンダで決められた人月単価は、原則、変化しません。それこそ何十年も同じ金額です。そうなると、そこで働くソフトウェア労働者の賃金も、ずっと固定化されることになります。
顧客にとって、ソフトウェア開発費はコストであり、安ければ安いほどよく、コストダウンの圧力がかかります。そのしわ寄せは、受託開発費の圧縮という形で、ITベンダにふりかかってきます。
その結果、ITベンダの人月単価は上がるどころか、下がる傾向にあり、ソフトウェア労働者の賃金が上がる理由はありません。
■ キャリアアップのモチベーションがないソフトウェア労働者
賃金が上がることと、能力やスキルを上げることが直結していれば、自己啓発に励むことの動機付けになります。
しかし、実体は逆で、能力の高いソフトウェア労働者ほど、仕事量が大きく、難しい仕事が割り振られますが、賃金が上がるわけではありません。いわゆる「やった者負け」の労働環境が醸成されてしまっているのです。そうなると、積極的に能力やスキルを上げる理由がありません。
そうすると、今いるITベンダでだけ通用する能力だけしかないソフトウェア労働者が増えていきます。つまり、能力やスキルを今の固定化された低い賃金に合わせるという「キャリアダウン」が蔓延していきます。
■ まとめ「ソフトウェア労働者からの脱却」
下請分業構造が根ずく受託開発で、ソフトウェア労働者から脱却するのは容易ではありません。しかし、少なくともソフトウェア労働者自身が自分の市場価値を探ることを始めることです。
そして、以下の問いを自らに投げかけ、いまいる環境から飛び出す準備をしなければならないでしょう。
「仕事内容や量と、もらっている給料が相当なのか?」
「こんなに働き続けることが、正義なのか?」
「いまの仕事をやり続けた先にあるものは望むものなのか?」
そして、もの言える実力を保持し、臆することなく反論する勇気も必要です。
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